カテゴリー「震災の街(阪神大震災)」の記事

2016年1月17日 (日)

震災の街 21

  

阪神・淡路大震災 21年 2016 神戸市東灘区深江北町
  
  

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宝島池公園の慰霊碑 神戸市東灘区深江北町1 2016.1.17  撮影:今駒清則
Memorial in the Takarajimaike park, Fukaekita-machi, Kobe city. Photo : KOMMA Kiyonori
  
  

 芦屋市に隣接した神戸市東灘区深江北町も被害の大きかった所です。倒壊した阪神高速道路の北側にあたります。大きな池がある宝島池公園に大震災の慰霊碑があり、傍らには犠牲になられた方々のご氏名が刻まれていて、文化住宅や長屋の倒壊により、ご一家で亡くなられたケースが多かったことがわかります。

  
  

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家財の運び出し 神戸市東灘区深江北町1 1995.2.17  撮影:今駒清則
Household goods of the take-out, Fukaekita-machi, Kobe city. Photo : KOMMA Kiyonori
  
  

 左の木造住宅は一階が座屈して平屋のように見えます。その二階の壁を壊して家財を取り出しました。その向こうの家も同様に倒壊しています。大地震から一ヶ月目、その家屋から家財を運び出しているご家族。あちこちでよく見られた光景です。(2016年1月17日記)

 

 

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震災の街 20

  

阪神・淡路大震災 21年 2016 芦屋市津知町
  

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慰霊の碑「絆」 芦屋市津知公園 2016.1.17  撮影:今駒清則
Cenotaph "bonds", Tsuchi park, Ashiya city. Photo : KOMMA Kiyonori
  
  

 21年目の阪神・淡路大震災の日、芦屋市西部の下町、津知町の公園に設けられている慰霊碑「絆」には、絶えることなく町内の人たちのお参りが続いていました。寒い日であったためか公園で遊ぶ子どもも少なく、静かな町の佇まいです。

  
  

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避難所の公園にサクラ咲く 津知公園 芦屋市 1995.4.10  撮影:今駒清則
Bloomed cherry park became a refuge, Tsuchi-cho, Ashiya city. Photo : KOMMA Kiyonori
  
  

 兵庫県南部地震では津知町の9割程の家屋が損壊し多数の犠牲者が出ました。そして町内の人たちの避難所となったこの公園で、テント暮らしが長く続きました。

  
  

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津知町の一角 木造家屋の倒壊 芦屋市 1995.2.24  撮影:今駒清則
Corner of the Tutsi-cho, Collapse of wooden houses, Tsuchi-cho, Ashiya city. Photo : KOMMA Kiyonori
  
  

 大地震の時、この町の木造家屋はほとんど残らず倒壊しました。ここでも一階が潰れて二階建て家屋が平屋のようになり、共有の道路も家屋で塞がれてしまいました。写真左の家屋では男子高校生(16)が下敷きになって亡くなっています。(2016年1月17日記)

 

 

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2015年1月17日 (土)

震災の街 19

  

倒壊家屋 1995 芦屋市清水町
  
  

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倒壊家屋 芦屋市清水町
1995.4.8(震災後3ヶ月)  撮影:今駒清則
  
  

 芦屋市清水町では木造家屋がことごとく倒壊し多数の犠牲者が出てしまいました。大地震から約3ヶ月、まだそのままになっている家屋から家財を探す夫婦です。通り道も無いほど住宅は完全倒壊し、室内も剥き出しになってしまった惨状です。ここでも写真左上隅の共同住宅で男性(71歳)が亡くなられています。(2015.1.17記)

 

 

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震災の街 18

  

ピアノ 1995 芦屋市清水町
  
  

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ピアノ 芦屋市清水町
1995.5.5(震災後4ヶ月)  撮影:今駒清則
  
  

 大地震から約4ヶ月、もう強い陽射しになったこどもの日。倒壊した住宅で家財が剥き出しに散らばっていました。雨ざらしになって捲れあがった鍵盤が痛々しいピアノ。この住宅では女性(60歳)が亡くなられました。(2015.1.17記)

 

 

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震災の街 17

  

水汲み 1995 神戸市東灘区森南町1
  
  

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仮設水道から水汲み 神戸市東灘区森南町1
1995.4.5(震災後3ヶ月)  撮影:今駒清則
  
  

 芦屋市で最も被害が大きかった清水町、津知町に隣接する神戸市東灘区森南町1も大きな被害を被りました。この左手のマンションは屋上にあった給水タンクが大地震で吹っ飛んでしまったため、地域へようやく水道が通じたものの、自宅へは「仮設水道」栓から水を運ばなければなりません。

  
  

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破壊された給水タンク 神戸市東灘区森南町1
1995.2.25(震災後1ヶ月)  撮影:今駒清則
  
  

 この少年のマンションの給水タンク。鉄骨はシッカリしていますが球形タンク内の水が暴れて破壊されたものと思われます。

 

 

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復旧工事中 神戸市東灘区森南町1
1995.4.8(震災後3ヶ月)  撮影:今駒清則

 

 

 近くでは道路を掘って水道などの復旧工事中。周囲は家屋の瓦礫がまだ山積みされ、ブルーシートのテント村が見えます。

 

 

 

 

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震災の街 16

  

本山センター街 1995〜1998 神戸市東灘区本山中町3
  
  

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店舗が崩壊した「本山センター街」北口 神戸市東灘区
1995.2.17(震災後1ヶ月)  撮影:今駒清則
  
  

2015年1月17日
 阪神淡路大震災から早くも20年目に入ります。いま被災地を歩いても震災の痕跡を見つけることは地元の人でなければ難しいようになりました。この定点観測の記録では路上で精密に場所を特定し、同フレームで撮影するまでに時間がかかります。それが住民の方には不審者に思えるのか、警察に通報されて不審尋問を受けることがたまにあります。震災後数年の間は「寒いのにご苦労さま」とお茶を頂いたりすることもあったりして続けてきましたが、20年も経つと震災を知らない新住民や若い方が増えているのでしょう。時代の流れを感じるこの頃です。

 さて、国道2号線の「国道地蔵尊」の東に、北へ一区画のアーケード商店街がありました。
 「本山センター街」と、その西に続いて「保久良市場」があり、住民には便利な商店街でした。大地震でこの付近にひしめいていた木造の店舗住宅はほぼすべてが倒壊し、多くの被害がでました。
 写真は北から国道方面を見た「本山センター街」の入口です。地震から1ヶ月後、まだそのままの状況を見せていますが、訪ねてきた女性はリュック姿です。
 この時期どこも道は荒れ、家屋などの瓦礫が散乱している状況では外出時の安全のためにリュックサックは最適でした。現在リュック姿はもう当たり前の風俗ですが、どうもこの震災をきっかけに馴染んだリュック姿が普及したのではないかと思っています。

  
  

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更地となって仮設店舗ができた「本山センター街」北口 神戸市東灘区
1996.8.24(震災後1年半)  撮影:今駒清則
  
  

 「本山センター街」の建物は全て解体、更地となり、仮設店舗が少しできました。写真右手にあった木造の店舗住宅群「保久良市場」も全滅に近い状況となり、同じく更地になりました。
 神戸市教育委員会は「保久良市場」跡地へのマンション建設前に発掘調査し、明治期頃までの水田の下から、弥生時代の竪穴式住居跡、弥生土器、石器、鉄製品などを発掘、「本山遺跡(第22次調査、1998)」としてまとめています。(「本山遺跡(第22次調査 1998)神戸市教育委員会発行」を参照)

  
  

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マンションなどに建替わった旧「本山センター街」、北から 神戸市東灘区
1998.8.22(震災後3年半) 撮影:今駒清則
  
  

 「本山センター街」跡、「保久良市場」跡もマンションになり、この辺りにあった賑やかな商店街は消滅。この旧「本山センター街」の通りには震災前からの店舗がほんの数軒、装いを変えて営業を続けています。

 

 

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2012年1月18日 (水)

震災の街 15

 

神戸国際会館 1995〜1999 神戸市中央区三宮
 

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大きく損傷した神戸国際会館 左は神戸そごう 1995.2 (震災後1ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 神戸の代表的なコンサートホールと映画館であった神戸国際会館は7階が座屈、上階が傾く大きな被害を受けた。震災直後は鉄道が不通、自動車の通行の制限され、神戸市内は救援の車両、自衛隊、バス、タクシーなどが目立った。

 
 

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更地になった神戸国際会館跡地 1996.1 (震災後1年)  撮影:今駒清則
 

 北側に隣接する神戸そごう百貨店も大きな被害を受け休業した。神戸国際会館は取り壊され更地となった。しかし95年12月に神戸ハーバーランドへ「神戸国際会館ハーバーランドプラザホール」を臨時に開設、営業を継続した。

 
 

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再建竣工した神戸国際会館 1999.12(震災後4年11ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 1999年5月に神戸国際会館は「こくさいホール」、商業施設、映画館、オフイスゾーンなどを設けて再建され、再び神戸の顔となっている。

 

「震災の街」の以前の記録は「web Gallery」の「阪神大震災」でご覧下さい。
 
 
 
 

 

 

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2012年1月17日 (火)

震災の街 14

 

 阪神・淡路大震災から17年目の日です。定点観測で復興する街を記録しています。以前の記録は「web Gallery」の「阪神大震災」でご覧下さい。

 

復興する住まい 1995〜2001  神戸市東灘区

 

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倒壊した木造二階建て住宅 1995.2 (震災後1ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 この付近の地盤は大きく揺れ、地割れが一面に見られる。周辺の木造住宅はすべて破壊され、画面外右の住宅では倒壊により男性一名が亡くなった。

 
 

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仮設の住宅 1995.4 (震災後3ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 倒壊した住宅は解体・撤去が進み、跡地に仮設住宅ができた。この仮設住宅は解体した材料で作られている。南隣りにはまだ倒壊家屋が残っていた。

 
 

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再建間近の住宅 1997.3 (震災後2年2ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 完成間近の再建住宅。近隣の住宅も徐々に再建されつつある。再建される住宅は3階建てのプレハブ工法が多い。

 
 

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復興した住宅 2001.4 (震災後6年3ヶ月)  撮影:今駒清則
 

 付近の住宅も再建され、マンションも多くなり、震災前の面影はまったくうかがえません。

 
 
 
 

 

 

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