東京駅のピンク集団
能楽写真家協会の勉強会で東京日帰り。見事な快晴なのに富士山だけ雲に囲まれて見えませんでした。車中ではMacで仕事。途中でバッテリー切れの警告が出て中断。バッテリーが弱ってきたようです。
東京駅ではプラットフォームにピンクの制服を着た車内整備の女性たちが。各車両ごとに乗り込んで短時間に清掃などしてしまうためか大変な数のスタッフで、プラットフォームがあでやかに見えました。
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能楽写真家協会の勉強会で東京日帰り。見事な快晴なのに富士山だけ雲に囲まれて見えませんでした。車中ではMacで仕事。途中でバッテリー切れの警告が出て中断。バッテリーが弱ってきたようです。
東京駅ではプラットフォームにピンクの制服を着た車内整備の女性たちが。各車両ごとに乗り込んで短時間に清掃などしてしまうためか大変な数のスタッフで、プラットフォームがあでやかに見えました。
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正確には30日ですが29日の真夜中、まだ南の空が光っています。遠くて雷鳴も聞こえないし雲の形も見えませんが雷さんはまだまだ大活躍のようです。
時に大きな落雷。雲の中から地表へ落ちるのですが(時には逆の場合もあります)、その時の上部の雲がとてもきれいです。上からの太陽に照らされた普通の雲でなく、下から、横から照らされた雲は新鮮に見えます。また周囲にも小さな稲妻が走っています。
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呆れるほど暑い日が続きます。水やりもしているのにベランダのサルビアの一鉢がついに枯れてしまいました。ほかも相当弱って葉を落としています。もう10年近く育てていて強い花なのですが。
大阪では今日で猛暑日が14日連続、最高気温が37.4度(大阪気象台)と更新を続けています。ですが今夏もエアコンは一度も使わずに扇風機で過していますが体調は良好です。昨年は夏の終りに出先の冷房のせいで風邪をひいてしまったのでまだまだ気をつけなければなりません。
夜、和歌山方面で時々ピカッと空が光ります。雷雲が来たようで、雲の向こうで光る入道雲を捉えることができました。上部の黄色い雲は街の燈が反映して色がついているものです。
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堺市の大仙公園(衛星写真地図)にある堺市博物館で開催している展覧会が明日終了してしまうので出かけました。大仙公園はご存知、日本最大の前方後円墳・大山古墳(大仙陵古墳、仁徳天皇陵)の南に造られた公園で、古墳や陪冢が点在し、そこに堺市博物館もあります。この大山古墳と堺市博物館の間には同時期に造られたといわれる帆立貝式の陪冢・孫大夫山古墳があり周濠も整備されて一周散策できます。
堺市博物館の西横にはどら池が造られて周囲を散策できます。
どら池にスイレンが咲いていました。立ち葉が猛暑続きの今、ちょうど差しかけている傘のようになっていたのが面白いですね。
堺市博物館では「ムラを守る~考古学から見た激動の南北朝期~」をゆっくり見ました。南北朝期の南河内、和泉地域にある国人の居館を発掘した成果を展覧したもので、「新金岡更池遺跡」「長曾根遺跡」「誕生地遺跡」「陶器遺跡」「余部遺跡」「天野山金剛寺遺跡」などです。今回の展覧では環濠集落、城郭にまで範囲を広げずに、その中心となる有力者の居館だけに絞っていて興味深いものでした。
展示は出土品、発掘現場の航空写真、遺構概念図、解説と通例の考古展示でしたが、展示出土品があまりにも土器に偏っていたことでほかの生活用具などが少なく、時代を生きた人間の息吹が得られなかったこと、遺跡の状況理解に航空写真と遺構概念図を比較しながら(それも写真と図とが逆さまになっていたりして)考えながら想像しなければならないことで、こういった内容をそれだけで展示する意図がどこにあるのか実に分りにくいものでした。
これではサッと見ただけでは理解できず、実際私が見ている間も足を止めた見学者はほとんどいませんでした。どうも深く知りたい人はどうぞ発掘報告書を見て下さい、というようなスタンスではなかったかと思えます。せめて濠をめぐらした居館の復元模型(ジオラマ)とか、復元画があれば一目見て子どもにも分ると思うのですが。現在のCGは制作が簡単になっていて、オブジェクト・パーツ(建物とか木柵とか)さえ揃えておけば発掘の実測図があるので、それで推定でも良いから復元の概念画を作るとか、予算が無ければ絵の好きな市民への協力を呼びかけて描いて頂くとかできるのではないかと思います。一般に考古関係では、発掘と整理、報告書に多くの労力を割いているのに「展示」に関する意識が希薄で、ここもその例に漏れないようです。
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デスクワークの間に空を見ると巨大な入道雲がそびえ立っていました。
雷情報の「雷ch」を見ると和歌山から金剛山にかけて落雷の情報がありました。この入道雲によるものです。
巨大な入道雲は金剛山から生駒山へ移って行き、所どころで雨を降らせています。しかし大阪では落雷の様子はありません。
雨が降った後、予想通り虹が出ました。西の太陽が薄雲に隠れているので虹色は淡いのですが、虹が見えるとなんとなくうれしくなります。
夕方、またも和歌山方向から入道雲がやって来ました。こちらは時々発光しています。見当をつけてカメラを据えたとたんに近くに落雷。しかしその後は何事もないまま今度は淡路島方向へ移って行きました。
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午後遅くにゴー・ゴロゴロという雷鳴。金剛山付近を見た途端に二本の稲妻が走りました。カメラを用意したのですが雷はそれだけで終り、残された雨にパステルカラーの虹が立っていました。
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暑いですが今までよりは少しマシなようです。ホンの1、2度低いだけなのですが。
今日の空にはあちこちに入道雲が現われては消えていましたから不安定な大気の状態だったようです。写真は夕方に現われた入道雲、下層がその不安定さを表しているようです。夜に遠い稲光が生駒山の向こうの京都、奈良方面に見えたのでまだ入道雲は発達していたのでしょう。
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京都の金剛定期能へ。日中はまだまだ暑いのですが数日前からすればちょっと和らいだ感じです。金剛能楽堂の庭には先月と変わらずハギが咲いていました。
能は「氷室」宇高通成、「龍田」廣田幸稔、狂言は「文荷」茂山良暢。「氷室」は冬に氷を保存しておいて帝に捧げる、いわば冷蔵室ですが、そこの明神が現われて氷にまつわる舞を舞います。実際は氷が帝や時の権力者に届いた時には氷室から出た時の何分の一かになってしまっていたようですが、贅沢なことをしていたものです。でも今では冷蔵庫から簡単に取り出せるのですが。
「龍田」は秋の能で、大和の龍田明神(女神)が紅葉の風に吹かれて舞うように神楽を舞い続ける能です。紅葉はまだまだ先のことですが早く涼しくなって鮮やかな錦を見たいものです。
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今日は日中に撮影をしなかったので、特に特徴のある月でもないのにカメラを向けてみました。時々雲間に消えるので少々ムラに写っています。
今日も相変わらず暑い日でしたが、23時頃は室内気温が31.7度まで下がり(!?)、扇風機の風が涼しく思えます。たった1、2度の差なのですがそう感じるとは不思議なものですね。普段ならこの温度は温風と言うのですが。
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今日も相変わらずの猛暑で、その気温計を掲載してもますます暑さが増すばかりなので、ちょっと秋めいた写真を。
8日に撮影した飛騨高山の宮川河川敷のコスモス畑です。もうチラホラと咲きだしていました。場所は日枝神社近くの和合橋上流(衛星写真地図)。コンクリートでないやさしい堤防が続いている河川敷です。
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昨日に増して暑い日です。TVのニュースも各地の猛暑を報道しています。今日の室温は昨日より1度増の34.7度、今までの最高気温です。それに23時現在で33.5度と今夜も熱帯夜。予報ではまだまだ続くようです。
午前中は梅田の堀内カラーへ出かけ、帰りにヨドバシカメラに立寄り幾つかの品定め。長い時間いるとエアコンで体調が悪くなるので早々に帰り、帰ってから選んだ品をyodobashi.comで注文。手ぶらで帰れ、配達待ちをすればよいので楽チンです。
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高気圧が日本列島を取り巻いていて風が吹いても少しも涼しいとは思えません。最も暑くなる15時過ぎの室内は写真のように33.7度でした。エアコンはあるのですが冷風は嫌いなので今夏も点けたことはありません。これを書いている夜中の23時でも33.1度の熱帯夜。今夏の最高気温です。
掲載が遅れていた飛騨高山の9日、10日の夏の行事を本日追加掲載しました。
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私の「微笑みの佛さま」写真展が今日終了しました。猛暑の中をわざわざおはこび頂きましてありがとうございました。多くの方々と会場でいろいろとお話ができて楽しく、いろいろな見方、考え方のあることも参考になりました。また会場に私が不在のままご覧頂いた皆さまにお詫び申しあげます。
写真展搬出の帰りに奈良の大文字送り火を撮影しました。奈良大文字は終戦記念日に戦没者慰霊と世界平和を祈るため1960年から始められたもので、飛火野で春日大社宮司と市内34ヶ寺の僧侶によって慰霊祭が行われ、高円山の火床に点火されます。今回は新薬師寺付近から超望遠レンズで火床を撮影したものです。
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ならまちのギャラリーたちばなでの私の写真展会場を出て猿沢の池から春日大社へ向かいました。今夜は「なら燈花会」の最終日とあって大変な人出です。途中鷺池の浮見堂の燈を少し撮影して春日大社の万燈会へ。ここも順番を待つほどの人出で昔の万燈会とは大きく様変わりをしていましたが、回廊のすべての灯籠に燈が入り燈が煌めく夏の夜の風情は変わっていませんでした。
東大寺は大佛殿のライトアップと夜間無料開放でここも大変な人出。13日から15日まで大佛さまのお顔が中門から拝めます。明日の15日はそれに加えて境内に沢山の灯籠を置いて万燈供養会が行われます。
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お盆で仏壇のお盆飾りをしてほうろくで迎え火を焚きました。両親がしていたのを自分がするようになったのです。子どもの頃は父親が自宅への入口になる坂まで出て迎え火を焚いていました。実家を離れてもう50年、その間はどうしていたのか見ていませんが健在なうちはそうしていたことでしょう。それに仏壇には牛馬も供えました。でも今どき牛馬に乗って来るのか疑問で、電動バイクかEVカーでやって来るような気がします。
今夜の待ちかねていた夏の天文イベント、ペルセウス座流星群は雲が多く観測と撮影は望み薄です。また来年です。
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松倉山から戻られた馬頭観音さまは素玄寺の松倉山観音堂(衛星写真地図)に安置され、ここでも絵馬市とご祈祷があります。夕刻18時からというのにその前から絵馬を求める参拝者が列をつくっていました。
観音堂でも手書きや版画の絵馬に奉納者の名や祈願文を書き入れていただきます。絵馬を貼るところから見て、玄関や入口の方向によって馬の向きを変えて注文します。農家などは馬が出ていくように、商家などは馬が入ってくるようにと縁起をかついでいるようです。なおこの絵馬市はこの他に高山陣屋の南で絵馬を描いている池本屋(八軒町1)でも行われています。
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高山市の松倉山にある松倉観音堂(衛星写真地図)では8月9日夜から10日にかけて絵馬市があり、参詣者は山中にある観音堂まで夜道を歩いて登ります。
松倉観音の絵馬堂では絵馬を求める参拝者のために夜を通して紙の絵馬に祈願の書きつけをします。絵馬は1,000円(小)から3,000円(大)で、これを「三千万両」と景気付けて呼んでいます。
松倉観音の窟屋にある普門院では年に一度、この日のために素玄寺の住職がご本尊の馬頭観音さまを奉じて登ってこられ、夜を徹して祈祷をされます。このご本尊の小さな馬頭観音さまは、かってはここに常在されていたのですが現在では東山の素玄寺観音堂に安置されています。元々は7月9日(旧暦)に養蚕の無事を祈ってここで祈り明かし、また農産業や運送の大切な担い手である牛馬の健康を願って祈祷されていたのですが、それが紙絵馬に代わったと言われています。
夜を通してご祈祷する行事のため、素玄寺住職や交代でお勤めする僧侶が一夜を過すお籠堂が松倉観音堂の大悲閣の奥にありお邪魔しました。古来から夜を徹して祈願するとご利益あらたかになるということから、他にも多くの祭や祈願の風習があるのですが、ここの絵馬市もそれを伝えていると思われます。今の時代に祈願のために闇の山中を登り、夜を明かす参詣者が多いことに飛騨びとの暮らしの深さを見たことでした。
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(「松倉観音堂」については「なごりすとのページ」の「飛騨散策」もご覧下さい。)
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夕方から宮川に仮設された足場の上で手筒花火の大会がありました。厄(8/9)除けの語呂合せで本日の開催です。豊橋の手筒花火の設営のようですが、手筒花火を抱えて揚げるのは高山の愛好者。なかなか凛とした花火師たちです。
途中から強い雨が降り出し花火大会の継続を心配しましたが、それにはお構いなしで次々と手筒花火は揚げられます。カメラは防水してある上着を被せていて大丈夫ですが撮影している私はズブ濡れです。時々打ち上げ花火も揚がります。大阪辺りの威圧的でこれでもか、という花火でなく優しいのは飛騨びとの好みでしょうか。最後は十数人による一斉の手筒花火、数十秒のフィナーレでした。
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65回目の長崎原爆忌です。平和公園では平和祈念式典が行われ、世界に向けて平和へのアピールを発しました。
写真は浦上天主堂(衛星写真地図)の左右にそびえ立っていた鐘楼が原爆で破壊され、丘の下の川まで吹き飛ばされていました。その後埋もれていたものを掘出し、原爆遺構としてその時の悲惨な様子を今に伝えています。ここに吊り下げていた鐘も大破し天主堂で保存展示されています。
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高山陣屋に近い本町2にある山桜神社(衛星写真地図)では、8月1日から15日まで馬を描いた絵馬市で賑わいます。山桜神社は江戸時代初期の名馬「山桜」を祀っている珍しい神社で「馬頭さま」と呼ばれています。またあまり知られていませんが境内には明治初期に再建した火の見櫓があります。
高山の絵馬市は牛馬安全、養蚕安全を願うところから始まり、今では家内安全、商売繁昌、火の用心、交通安全など諸々の願いごとに叶うと言われて高山ではこの季節に絵馬を買い求めて祈祷をし、家や店、会社などの入口に貼ります。
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高山の旧町内に飾られていた七夕飾りは昨夕にほとんど片付けられて、普段の落着いた佇まいに戻ったのですが、古い家並が続く上三之町では今日8日まで飾られていて、いつものように観光客がひしめく通りに色鮮やかな七夕飾りが夏の風情をいっそう深めています。
笹につけられた短冊は観光客の方々に書いていただいたようで、いろいろな願いごとが書かれていました。やはり昔から変わらない「家内安全」「身体健康」に加えて、「景気回復」が多かったのは今の時勢がそれだけ切実な願いとなっているのでしょう。
(別項 「飛騨高山の七夕祭 川床飾り」もご参照下さい)
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飛騨高山では七夕祭が月遅れの8月に行われます。笹へ願いを込めた短冊をつけ門口に飾るのは他所と同じですが、旧町内のどこの家にも飾られているのは今時ではなかなら見られない情景になりました。また高山の町中を流れる宮川の河原に「川床飾り」をつくり、夕刻になると町内の人が集まってひとときの宴をひらきます。
七夕祭の「川床飾り」は、各町内ごとに河原に笹を立て、御幣や宮を奉じ赤い鳥居を設えます。お供えをして拝しますが、お祈りするのは特定の神様ではないようです。七夕ですから天の神様か星の神様にお祈りしているのでしょう。また七夕には祖先霊をお迎えする考えもあるようですから「川床飾り」はお盆行事の一つかもしれません。
鳥居の下手になる南側では町内の人びとが集って飲食を共にします。戦後は宮川の環境悪化で中断していたのですが改善されてきたので1981年から復活しました。こういう風習があるのは全国的にも珍しいのではないかと思いますが、それにも増して昔からの習わしを今の時代にこのように過している飛騨びとのこころ豊かな暮らしぶりを心底から羨しく思ったことでした。
(別項 「飛騨高山の七夕祭 上三之町」もご参照下さい)
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生駒山の上が赤く輝いたのでよく見ると花火が打上げられていました。検索してみると、生駒山上遊園地で毎木・金曜日(12日、13日を除く)の20時から花火を打上げるとのこと。打上げ花火は15分間ほどで終わりましたが、遠くて小さいながらどこからでも見える花火です。
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広島原爆の日です。平和公園で「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」が行われ、慰霊の黙祷の後、秋葉広島市長の「平和宣言」が読み上げられました。
画期的だったのは国連事務総長と米国駐日大使、英仏臨時代理大使が参列したこと。ほんの僅かでも核廃絶に近づいているのかもしれません。広島、長崎の声が世界へ届いてきたと考えたいと思います。ただ米国駐日大使が献花すらしなかったのは人道的な見地から見ても納得のいかない態度でした。
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昨夜は珍しくクリアな夜で、有明月が生駒山から昇るのが見事でした。月が山の端に近づくと山の向こうの雲がほんのりと黄色くなり、そのうち尖ったナイフのような月が山から突き出てきました。デジタルカメラを高感度にして撮影してみると目では確認できなかったのですが月の地球照が丸く写っていました。明日は山頂の送信アンテナ塔の後から昇るはずですから雲の無いことを願うばかりです。
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夏祭や花火大会の季節であちことで花火があがります。ビデオで撮ると花火の動きや音があって楽しいのですが、写真ではどうもありきたりの写真しか撮れません。そこで花火が夜空に開いている時にカメラを振って撮影してみました。これはすでに稚草社の田中幸太郎氏(1901-1995)が長年撮影されていて、写真集「夢千夜」(ビレッジプレス刋)での集成があります。田中氏からその写真集を私までも頂戴しているので大切に所蔵しています。「夢一夜」の写真ですが掲載してみましょう。
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開催中の「微笑みの佛さま」展に初日から毎日詰めていました。この灼熱の中を多くの方においでいただき申し訳ないことです。和歌山、神戸など遠方からもおいでいただいたり、何十年ぶりにお会いした方もいました。中には新聞記事で見たので、と1時間以上じっくりと作品をご覧になっておられる方もいました。ありがたいことです。
夕刻、ギャラリー「たちばな」を出て、夕陽が射すならまちを少しカメラ散歩しました。大和国中(くんなか)の農家の閉鎖的な町並みと違って、ならまちは商家が多く道に面して店構えの民家が並んでいます。ところどころに露地もありその奥には長屋が続いていて、タイムカプセルで昔に迷い込んだようなところでした。
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