大阪城 豊臣石垣館 完成
2025年3月18日
徳川によってすっぽりと埋め立てられてしまった豊臣期大坂城。1984年に発掘し発見された豊臣期大坂城の「詰ノ丸」石垣を見せるため、この度「豊臣石垣館」として2025年4月1日(火)にオープンされます。場所は本丸天守閣の東南にある「金蔵」の隣りです。
館内にあるのは、豊臣秀吉らが居住していたとされる「詰ノ丸」の石垣だけです。また別室で映像「日本一の石垣の城 大坂城~激動の軌跡~」も上映されています。
豊臣期大坂城の本丸にあたる「詰ノ丸」の東南角の石垣は野面積みで、角石は算木積み、石は自然石に一部転用石が使われています。
上部から見ると、石垣の裏側に詰めた「裏込め石」の状態がよくわかります。
なお館内解説にシンクロして、石垣への照明の色や明るさが目まぐるしく変化するため、石垣をじっくり鑑賞したいのにそれが邪魔になって不快な気持ちになりました。
1984年に発掘された豊臣期大坂城 詰ノ丸 東南隅石垣
1984年 撮影:今駒清則
1984年に大阪城本丸の水道管工事の時に石垣が発見され、発掘調査が行われて豊臣期の石垣が姿を表しました。写真はその時のもので、「詰ノ丸」より一段下の「中ノ段曲輪」から石垣角を見上げています。この石垣の上には隈櫓があったのではとの見解があります。
発掘後は埋め戻されていたのですが、今回再発掘し「豊臣石垣館」としてこの石垣が公開されることになりました。
大阪城では数多くのボーリング調査などが行われていて、1959年の調査では戦火に遭った豊臣石垣が発見されており、また2016年にも「詰ノ丸」の発掘調査が行われています。(このHPの「豊臣大坂城の痕跡 」の項を参照下さい)
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